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東京地方裁判所 昭和44年(タ)388号 判決

原告 大田美子

被告 ホセ・エス・サリヒナル

主文

1、原告と被告とを離婚する。

2、原告と被告間の子、大田ルリ(昭和三二年八月一日生)、同大田ラヤ(昭和三六年一月八日)の親権者を原告と指定する。

3、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一  原告の求める裁判

主文と同じ

二  原告の請求原因

1、原告は日本の、被告はフィリピン共和国の国籍を有するものであり、原被告は昭和三二年二月一三日、横須賀市長に婚姻届をした夫婦である。原被告間には昭和三二年八月一日長女ルリが、昭和三六年一月八日二女ラヤが出生している。

2、被告は婚姻当初、米駐留軍の軍属として月収二万六〇〇〇円位を得ていたが、子供の出産費用もまかなえないくらい苦しい生活で、原告の父から援助を受けていた。

3、被告は昭和三四年三月、右軍を解雇されたが、再就職して自力で生計をたてる努力をしようともせず、一日中テレビを見てぶらぶらしており、原告が真面目に働くように頼んでも聞いれず、そのため原告が勤めに出ることになったが、原被告の生活費を満すことはできず、不足分を原告の父に援助してもらわねばならなかった。

4、昭和三五年一〇月頃になって、被告の親代りと称するサレンシアが来日し就職の心配をしてくれた結果、やっと被告は神田の○○商会に就職し、会社が営業不振のため、昭和四〇年三月右会社を退職したが、その数ヵ月前から退職の時期がわかっていながら再就職の努力を全くしなかった。

5  被告は右会社を退職してからは一獲千金の事業を夢みるようになり、経済的な見とおしや資金力もないのに昭和四〇年一〇月から同四一年二月まで、同年五月から一二月まで、同四二年一月から同四三年四月までの三回単身渡比したが、いずれも計画どおりにならなかったといって帰って来たが、その間被告にはまとまった収入はなく、三回目の渡比中、二、三ヵ月に一回または半年に一回くらい二、三〇ドルを送金しただけで、原告と子供は原告の父の援助で生活していた。

6  被告は昭和四三年四月に原告のもとに帰って来てからも、原告の健全な生活をしてほしいとの頼みを聞きいれず、家族のことを顧りみずに一獲千金の夢を追い続け、今度は真珠の養殖をするといって原告がとめるのも聞入れず、同年一一月以前子供に渡していた比国の小銭も全部とりあげ、衣類や身の廻りの物一切を持って再度単身渡比した。このとき被告は原告に対し生活費は必ず送金すると約束していたが、被告は比国に着いて一週間後に、仕事が計画どおりにいかないから暫く送金できないとのしらせがあった。その後昭和四四年四月頃まで被告からの便りはあったが、それ以後原告からの音信に対して何ら通信してこなくなり、現在に至っている。

7、このような状態のため原告は昭和四二年一〇月からイグナチオ教会の神父に援助され二人の子供を養育しながら今日まで生活してきたが、子供の学費も二年近く未納となっており、今後この状態を継続することは不可能である。右の被告の行為は民法第七七〇条第一項第二号、第五号に該当するので離婚の判決を求め、原被告間の二人の子の親権者は原告が相当である。

三  原告の証拠≪省略≫

四  被告は公示送達による呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準拠書面も提出しない。

理由

一、≪証拠省略≫を総合すれば、原告の請求原因事実は全部認められる。

二、法例第一六条によれば、本件離婚の準拠法は、その原因事実発生当時の夫の本国法即ちフィリピン共和国の法律によるべきであるが、同国法は離婚の規定を欠き、また法例第二九条による反致をも認めないものと解される。従って本件については同国法を適用する以外にないが、しかし本件は妻たる原告が日本の国籍を有し、婚姻前から日本に居住しており、原被告の婚姻の届出も日本でなされ、婚姻後の原被告の共同生活も昭和四三年まで一〇年余にわたり日本においてなされていたこと、さらに前記認定のように本件は被告が渡比し原告を遺棄した場合であることを考えれば、法例第一六条を適用し、離婚の判決をなし得ないとすることは、実質上つながりのない夫の本国法により原告を永久に拘束することになり、著しく公平の原則に反し、善良の風俗に反する。

従って本件の場合には法例第三〇条によりフィリピン共和国法の適用を排斥し、我国の民法を準拠法とすべきものと解する。

三、そうすると前記認定の事実は日本民法第七七〇条第一項第二号に該当すると認められるので、原告の離婚請求は理由がある。

四、親権者の指定については、離婚にともなうものであるから、離婚と同一の準拠法に従うべきであり、前記離婚に至った原因を考えれば、原被告間の長女ルリ、二女ラヤの親権者はいずれも原告と定めるのが相当である。

五、よって原告の請求を認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 橋本攻 裁判官 三浦伊佐雄 井垣敏生)

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